佐藤さんちのふしぎ

童話作家・佐藤さとる と作品たち

ミサオ姉ちゃん(『ジュンと秘密の友だち』ネタバレあります)

機械屋と電気屋

 この作品はふしぎな構成になっています。「紹介」では触れなかったのですが、主人公のジュンはなかなか物語に登場しません。
 作品は「ミサオ、という名の女の子がいました」と始まります。ジュンのお姉さんです。その高校二年生の「どこから見ても女の子らしい女の子」が、じつは機械いじりがだいすきで、隣町で自動車修理工場を営んでいるノブ叔父さんにも教えてもらって、三級自動車整備士くらいの腕があると褒められるくらい。
 そんな話が続いたあと作者が読者に、ミサオとノブ叔父さんのことを忘れないように、と念押しをするんですが、さて、その後の物語で、この二人はそんなに重要な活躍をするわけではありません。ずうっと、ジュンの小屋作りの話が続きます。ふしぎです。

 思うに、佐藤さんの最初の構想では、後半のドラマでこの二人がもっと活躍する予定だったのじゃないかな。そう思うにはわけがあって、まず、ジュンのお父さんも、整備士ではないけれども木工工場に勤める技師で、この家系は機械屋(モノづくりの技師)さんなんだと知っておいてもらわなければなりません。

 そして作品の後半で登場するのが、送電線鉄塔の解体に携わる若い電気技師の川村さん。三代続く電気屋で、彼のお祖父さんの長男の電気技師こそが、ダイスケ鉄塔を作った人。この物語の主役はじつはこちらの家系だったのです。

 想像ですが、最初の佐藤さんの構想では、作品後半は、この機械屋さんの家系のノブ叔父さんとミサオ姉ちゃんと、電気屋さんの家系の川村さんとのやりとりが中心になるはずだったのではないでしょうかね。できあがった物語では、川村さんのエンストしたクルマをミサオ姉ちゃんが修理するだけで、それはそれで魅力的なエピソードですけれども、物語全体の要というわけでもない。

ミサオ姉ちゃんと川村さん

 その証拠に、と言うわけにも行きませんが、この作品での男女の出会いは、ミサオ姉ちゃんと川村さんです。川村さんはミサオ姉ちゃんに恋心を抱いた、かどうかはわかりませんが、「たいした姉貴だ」と大いに感銘を受けたのは確かですし、ミサオ姉ちゃんもどうやら川村さんを異性として意識しているようです。物語が続けばカップルになりそうですよ。

今日のなかの歴史、自分のなかの父たち

 先ほど、川村さんのお父さん、とは書かずに、お祖父さんの長男、と書きました。なぜなら彼は二代目をついで三代目を生むことが出来なかったから。

 戦争があったのです。ダイスケ鉄塔を作ったあと、彼は、戦死したらこの塔に戻る、墓は要らないと言って出征し、そのまま帰ることがありませんでした。

 代わりに後を継いだのが、お祖父さんの娘さんと結婚した川村さんの「親父」。その親父が、戦死した義兄のために川村さんをこの解体工事に送り込みました。

 サヨナラと書き残して去った蜂山ダイスケくんは、この川村さんの伯父さんの魂でした。いま彼は川村さんの心の中に帰ったのです。

 平和な日本の郊外の日常をずっと描いてきたこの物語が、最後になって、ぜんぶ戦争の記憶を語ってきたのだったと分かります。佐藤さんらしい、戦争の描き方です。『わんぱく天国』もそうでしたし、最初の『だれも知らない小さな国』も、直接戦争に触れるのは最小限で、でもその存在が背景になっているのがわかります。

 佐藤さんはその十代の若い日々を戦時下と敗戦直後の社会に過ごした人です。お父さんも軍人として戦死しています。戦争が心に重く残っていないはずがありません。この作品のストーリーからすれば、佐藤さんのお父さんの魂は佐藤さんの心の中に生きている、のです。それでも、作中で声高に戦争を論じたりはしないのが、佐藤さんなんですね。

 むしろそれだからこそ、作品自体が全体として、お父さんの、あるいは戦争で亡くなった多くの人の、鎮魂碑なのだ、と言えるのかもしれません。

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