佐藤さんちのふしぎ

童話作家・佐藤さとる と作品たち

『わんばく天国』の背景社会(ネタバレあります)

 もし馨くんが作者と同じ昭和3年の早生まれだとすると、彼は作中で小学三年生ですから、物語の年代は1936年、昭和11年ということになります。翌昭和12年に日中戦争(当時の国内での呼称は日支事変)が始まります。まさに戦争直前の時代。

 この年は政治や社会もいろいろとたいへんでした。なにしろ二・二六事件と日独防共協定の年ですから。
 それに、物語に設定されている場所が、この横須賀。海軍工廠のあった一大軍港都市で、しぜんと記述のあちこちに海軍と関係のある話題は出てきます。
 でも物語は社会や政治の話題には触れません。徹底して、少年たちの視界に映る世界を描くことに集中しています。町と山とのあいだのごみごみした空間で少年たちが経験する、素朴だけれど輝かしい、もう二度とない黄金の日々。少年時代です。

 ただし物語最後の一ページは、「それからもう三十年以上もたつ。」とはじまります。
 ぼくはそこからの数行を引用せずにはいられません。佐藤さんはきっと許してくれると信じます。

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 それからもう三十年以上もたつ。
 杉浦一郎は、横須賀中学から海軍兵学校に進み、航空隊を志願して沖縄で戦死した。二十歳になったばかりの中尉だった。
 石井明は、高等小学校一年から乙種海軍飛行予科練習生を志願して合格し、一郎よりも一年ほど早く硫黄島沖で戦死。十八歳の海軍上等飛行兵曹。
 カオルこと加藤馨は、いま小さな出版社につとめている。

「加藤さんは、飛行機に乗ったことがありますか。」
 そうきかれることがあると、きまって目をほそめてこう答える。
「あるとも。たった一度だけだがね。」
 だが、まだ一度だって、プロペラやジェットエンジンのついた飛行機には、乗ったことがないのである。

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ありがとうございました。

(2024-02-13連合艦隊司令部という記述を削除しました。横須賀にあったのは横須賀鎮守府鎮守府司令長官官舎は今でも桜の時期に見学できますよ。)

田戸台分庁舎概要について:田戸台分庁舎

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