佐藤さんちのふしぎ

童話作家・佐藤さとる と作品たち

『だれも知らない小さな国』について(1)

 ここからは、その作品はもう読んだよ、という方々に向けたお喋りです。

 

デビュー

 まだ無名だった佐藤さとるさんがこの長編作品を書き上げたのは1958年、昭和33年でした。30歳の年の年末です。翌年タイプ印刷で自費出版されると、すぐに講談社から正式に出版され、毎日出版文化賞を受賞しました。追って児童文学者協会新人賞、国際アンデルセン賞国内賞も受賞しています。考えてみるとたいへんなデビューですね。無名の若者の作品ですから、これ以上はないくらいの華々しさ。

 昭和44年の新装版あとがきには、「この作品は大げさでなくわたしの青春の”思いのたけ”が綴られているように思う。そして”思いのたけ”を述べるような質の作品は、一生にひとつしか書けないのではないかと、つくづく考える」とあります。
 16歳で仲間たちに童話作家宣言をしてから14年。途中でいくつか短編作品を発表していますが、しかし佐藤さんはその修業時代のすべてをこの作品に結実させたと言つて良いのでしよう。読者としては、佐藤さんの作品を読み続け、知れば知るほど、若い佐藤さんはこの作品にすべてを注ぎ込んだのだなあと分かってきます。

 児童文学の読者のサイクルは25年だと佐藤さとるさんはある文章で言っています。作品を読んだ子どもが、自分の子どもに本を選んであげるようになるまでの期間です。作品の評価が定まるのはおそらくそのころではないか、と。
 この作品は発表以来もう60年以上たちました。いまでも単行本と文庫本(青い鳥文庫講談社文庫)が新刊で本屋さんに並んでいます。世代を超えて愛されている作品です。

*1 2024年1月現在、紙書籍が品切れで電子本だけということもあるようです。

 

再会

 この作品の中心は、ある男の子が伝承の小人の一族を追い求めて、ついに彼らと出会うまでの物語ですが、もうひとつたいせつなのが、幼い時に一度出会っただけの男の子と女の子が大人になってから偶然再会し、そしてたぶん結ばれる、というロマンチックなボーイ・ミーツ・ガールの物語です。この再会は最初に読んだときには、主筋のかげに隠れて目立ちませんが(そうでもないかな?)、佐藤さんのほかの作品を読み合わせ、さらに佐藤さんご自身の人生の道のりも知ると、そちらの方が主筋なのかなとさえ思えてきます。

 この作品より前の時期の習作に、同じように出会いを扱ったものが三作あります。これは必読ですよ。のちに改稿されて出版された『てのひら島はどこにある』、先立つこと5年前に同人誌に発表された『名なしの童子』、さらに若い頃の掌編『井戸のある谷間』の三作です。これらを読むと、ふたりの再会という出来事のふくらみが違ってきます。べつの作品と重ねて読むというのは反則かもしれませんが、佐藤さとるさんの心のなかのパラレル・ワールドだと思えば許されるでしょう。
 『名なしの童子』はとても奇妙なストーリーですが、究極のボーイ・ミーツ・ガールかもしれない。なにしろ結婚の翌年の作品ですから、まるごとラブレターのようなものです。きっと奥さんは嬉しかったでしょうね。

 講談社がこの三作と『誰も知らない小さな国』を一冊にまとめて出版してくれたら嬉しいですね。タイトルは『初恋』でしょうか。作家「佐藤さとる」の読み方が変わるのではありませんかね。

 

愛子夫人

 佐藤さんは、1949年、昭和24年の秋に、勤めていた横浜市役所から市立中学校の数学教員に転出しています。翌春、同じ学校に国語の教師として加藤愛子さんが着任します。そして2年後には結婚。そもそも出会ったときに、ふたりともたがいに「この人だ」(自分のパートナーは)と思った、と言いますからふしぎな話ですが、それよりも、どうやらふたりはちいさなころに偶然出会っていて、いっしょに小川(!)で遊んだことがあるらしいし、思春期の頃にも街頭で同じテキヤの口上をいっしょに愉しんで聞いていたのかもしれない・・・・。

 佐藤さとるさんと愛子夫人の出会いについては、佐藤さんの2冊の自伝小説『オウリーと呼ばれたころ 終戦を挟んだ自伝物語』と『コロボックルに出会うまで 自伝小説 サットルと「豆の木」』や、佐藤さん監修の『コロボックルの世界へ』所収のインタビューでも語られています。佐藤さんの著作権管理をしている会社「あかつき」の、佐藤さとる公式ウェブ*1にも、「こぼれ話」として記事が載っています。

*1 https://www.k-akatsuki.jp/こぼれ話/

 

職業生活

 佐藤さとるさんの作品には、当たりまえに当たりまえの仕事をしているおとなの人たちが出てきます。劇的だったり童話的だったりしない、現実的な仕事を現実的にこなしている人たち。ぼくはこれも佐藤さんの作品の魅力だと思っています。ファンタジー作品なのに、この現実の世界を肯定してそのなかで人生を歩んでいく、その姿勢が読者である子どもたちの生きる力と喜びに繋がって行くのだと思います。だからこの作品でも、主人公は電気技師ですし、再会した女の子は幼稚園の先生です。

 佐藤さんの作品の登場人物の職業は、エンジニアが多いですよね。佐藤さん自身は建築科を卒業して建築士を目指す若者でしたし、電気技師は海軍軍人でもあったお父さんの職業です。『ろばの耳の王様後日物語』という作品には、建築家の「サットル氏」が登場します。佐藤さんはどちらかというと理工系の方なのでしょうね。絵がお上手ですが、それも情緒的感覚的というよりは正確で綿密、というかんじの画風です。お父さんも、海軍で電気技師のかたわら航路の景色を精密に記録する作図係を務めています。
 この理工系というのは佐藤さんの作品を見るうえでけっこう重要な観点じゃないかなと思っているんですが、その話はまたこんど。

 

だれも知らない国で

 SF作家の星新一さんに、『だれも知らない国で』という長編作品があります。独特の魅力のあるファンタジーで、ぼくはこれも子どもの頃に読んで、そのふしぎな世界がふかく心に残りました。でも大人になってから読み直そうと思って本を探しても、見つからないんですね。それもそのはず、あとで知つたことですが、タイトルが『ブランコの向こうで』と変更されていたんです。たぶん混乱を避けるためなのでしよう。

 しかしこの作品の刊行は1971年、昭和46年。『だれも知らない小さな国』が刊行されてから、十年以上たっています。その際には配慮しなかつたのでしようか。
 星さんはあるエッセイで、講談社文庫に入った佐藤さんのファンタジー作品を、講談社の編集者に薦められて読んだ、と書いていました(手元に本がなくて、記憶だよりなので不正確かも)。それまでは佐藤さんのことをご存じなかったようで、だからこんなによく似たタイトルを付けたんでしょうね。ジャンルは違っても同時代の作家同士でちょっと不思議ですけど。

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