佐藤さんちのふしぎ

童話作家・佐藤さとる と作品たち

『豆つぶほどの小さないぬ』について

本来の物語世界

 佐藤さんは1985年版のあとがきで、小人の話を書こうと思いたったとき、当初思い描いたのはこの作品のような世界だった、と書いています。「ようやく本来の物語世界を得た思い」と。つまり第一巻の『だれも知らない小さな国』は、第二巻で書いたような、こういう物語を繰り広げる前提として、必要な舞台を創り出すために書いたものだったということです。佐藤さんはそれを何年もかけて書き直して、小人たちを現代日本のリアルな存在として生かすための舞台を設えました。

 3年後の1962年に出版されたこの第二巻では、創り出されたその舞台で、コロボックルたちが思い切り活躍しています。

 物語の人間の世界では、「せいたかさん」は「おチビ先生」と結婚して、小山に家を建てて娘と三人で暮らしています。小山の地主だった峰のおやじさんも顔を出すし、せいたかさんの周りの人々も物語の重要な一部です。
 でもこの作品は、彼ら人間たちの物語ではありません。歴史と伝統に支えられながらも、「せいたかさん」という人間の味方を得たことで変革を迎えつつある、コロボックルたちじしんの世界と、そこで活躍する元気な若者たちの物語です。佐藤さんはこの巻では、その物語の世界を細かいところまで具体的に作り出す「遊び」に、ただもうひたすらに熱中しているようです。

 想像力を思いきり自由に働かせて、コロボックルたちの生活や技術の具体的なあれこれを目に見えるように語り、かさねて、いわば文明開化をやっているような変革風景も描き出します。登場するコロボックルたちはみんな前向きで、なんでも工夫して、新しいものもどんどん受け入れていきます。ひとりひとりのコロボックルがそれぞれに個性を発揮してのびのびと活躍する小さな国。そのなかで、マメイヌの探索が始まります。

 

古い技術あたらしい技術

 佐藤さんはまるで、ひとつの文明を白紙から設計するように、コロボックルの社会を描き出していきます。文明は技術に支えられて成立しますから、佐藤さんはひとつひとつの技術もリアルに、本当にそうなっているに違いないと思わせられるように、具体的に描きます。

 たとえば地下の町の様子、通路の照明、地下工場の換気システム。
 あるいは狩りの名人のネコが使う、道にクモの糸をねじって張って、仲間への合図とする方法や、技師のサクランボが使うクモの糸にはメモリが刻んであって物差しになる、とか。
 また、初めての新聞「コロボックル通信」第1号を印刷するために、ツバキノヒコ=キムズカシヤが用意した印刷工場の、いかにも手作業で組み上げたような印刷機械。そこでは、人間がふりがな用につかうひらがなカタカナの小さい活字を切り詰めて使う、とか。
 読んでいると自分で実際にやってみたくなるような工夫がいっぱい書かれていて、これだから小人の「コロボックル」の存在も信じてしまうのですよね。

 巻末にはなんと、マメイヌ発見を報じる「コロボックル通信」第1号の、実物大紙面が載っていますし、本のはじめに戻ると、主人公クリノヒコの「あいさつ」の前に、著者佐藤さとるさんの「はじめに」が載っていますが、それは物語を作った作家の序文ではなくて、クリノヒコやせいたかさんと同じ世界の同じ地平でその実話を聞き込んできたひとりの人物の語りになっています。ここでは徹底的に、物語世界は実在なのです。

追記: クモの糸
 クモの糸については、『だれもが知ってる小さな国』を書いた有川浩さんが、その具体的な説明のすごさをしっかり指摘しています。
 「小さなコロボックルにとってくもの糸が便利なロープになる、というところまでは思いついても、べたべたしないように灰のあくに漬けて処理するとか、ねじって張ることで目印にする使い方まで思いつける人がいるだろうか。」(講談社文庫版『豆つぶほどの小さないぬ』解説)
 ほんとにそうですよね。

 

女性たちと恋とうた

 第一巻の「おチビ先生」はこの巻では「ママ先生」と呼び名が変わっています。彼女は小さな頃に小山の小川でせいたかさんと出会って、その後おとなになってから幼稚園の先生としてまた彼に再会しました。そのおちび先生はもうせいたかさんと結婚して、いまでは娘にも恵まれています。

 「ママ先生」の連絡係のハギノヒメ=おはぎちゃんは、ヒイラギノヒコの奥さんになっていて連絡係を引退し、代わって連絡係に抜擢されたのがまだ子どものようなクルミノヒメ。

 「おチビ」という呼び名をもらったクルミノヒメは、オテンバぶりを発揮して大活躍しますが、どうやら先輩の風の子に恋をしたようです。その恋の詩(「でもこれは かぜにあげるてがみなのに かぜは よめないものだから」)がヒントになって、風の子と仲間たちはついに二匹のマメイヌを掴まえました!

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