佐藤さんちのふしぎ

童話作家・佐藤さとる と作品たち

「コロボックル物語」紹介

 佐藤さとるさんと言えば、なんといってもまずは「コロボックル物語」。
 小人たちのお話ですが、彼らはふしぎな世界の住人ではなく、夢のような妖精でもありません。元気でかしこい小人の一族が、現代の日本のふつうの町で、生きて、暮らして、活躍します。
 じつは彼ら、日本の神話にスクナヒコナノミコトとして登場し、アイヌの人々にはコロポックンクル、つまり蕗の葉の下の人とも伝えられた、歴史の古い一族です。聞きとれないほどの早口で喋り、目にもとまらないほどすばやく走り回れるコロボックルたちが、「せいたかさん」と呼ばれる人間の味方をえて、新しいことを学び、新しい生き方に挑戦し、未来に向かって躍動的に発展していきます。これは私たちのすぐそばで暮らす彼らの新しい国造りの物語でもあり、人間の「味方」や「トモダチ」たちとの、新しい交流の物語でもあります。

 「コロボックル物語」は、『だれも知らない小さな国』に始まる5冊の長編と、小人の一族の歴史や伝承を集めた1冊、それに番外編のようないくつかの短編作品で構成されています。物語のおもな舞台は、戦前の時代から高度経済成長を遂げた昭和後期までの、ある地方都市。たくさんの登場人物とたくさんの出来事を含むたいへん大きな物語です。(第1巻が私家版として刊行されたのが1959年、昭和34年、作者31歳の年。第6巻の刊行が1987年、昭和62年、作者59歳。最後の作品『ブドウ屋敷文書の謎』に至っては2013年、平成25年、作者85歳の年の刊行です。物語は50年以上にわたって書きつがれました。)

 けれど、第1巻『だれも知らない小さな国』が生まれるまで、若い佐藤さんは、作品を発表することより、習作の書きなおしを優先していたようにさえ見えます。戦時下の16歳でもう、おれは童話作家になると友人たちに宣言したくらいの佐藤さんなのに、それ以降、あまり多くの作品を発表することはありませんでした。いくつか短編作品を発表していますが、それはアマチュアとしての習作だと言って良いようです。佐藤さんは、自分の納得のできる作品世界を作りあげるために、何年も試行錯誤を続けていました。そして30歳、ついにそれを完成させました(出版は翌年)。わたしたちの毎日の暮らしの、そのただなかに同居する小人の一族を、読者が彼らを現実の存在だと感じるくらい、自然に描き出した長編作品です。それがこの『だれも知らない小さな国』です。
 ですから、これを読むとたいていの子どもは(たぶんおとなも)、一度はこう考えるにちがいありません。

 自分の身のまわりにもじつはコロボックルたちが走り回っているんじゃないか、自分が気づいていないだけかもしれない、きっとそうだ、それなら自分もコロボックルたちとともだちになれないだろうか、と。

 登場する小人、コロボックルはおとなで身長3センチくらいという、とってもちいさな(どのくらいちいさいか、ぜひモノサシを手に取って確認してみてください!)ちいさな人たちですが、ひとりひとり個性的で、神様でも妖精でもない、現実の世界で生きている現実の人たちです。ですから物語が進むにつれて、コロボックルと人間と、どちらの側の登場人物も、結婚したり仕事が変わったり子どもが出来たり。その子どもはやがて若者になるし、働き盛りだった人も引退したり亡くなったりします。社会の様子も戦前の日本から、敗戦後の時代、そして経済的に成長していく戦後日本の世の中へと変わっていきます。舞台は地方の小さな町ですが、最後まで読むと、読者はとても大きなものを経験したように感じるはずです。

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